私の恩師の一人に、大学病院の薬剤部長まで上りつめ、定年された方がいる。T先生とお呼びしよう。問題児だった私に、ある時言われたことがある。君は、この先きっと病院で偉くなるだろう。その時に、いろんな人が、頭を下げてやってくるだろう。でも、勘違いしてはいけない、君に頭を下げているのではなく、君の役職に頭を下げているだけだ。勘違いするなと言われた。この間も少し書いたが、病院機能評価の際に、ある有名な製薬会社の元統括本部長と一緒に仕事をさせていただいたとき、T先生のことを話した。T先生のことは知っており、お話したこともあると、お互い驚いたものだ。世間は狭い。その際にも、確かに同じことを言われた。人間は、肩書で決まるものではない。その人の人柄で決まるものだと。またその方は、こうも言っておられた。面白いもので、葬式があったとき、その人の生前の人柄もわかるんだよと、なるほどと感心した。
確かに、会社が大きくなれば、問題が多くなってくる。経営者とは、孤独なものだ。すべて自分で判断しなくてはいけない。そして、すべて自分の責任である。部下には何の経営責任もない。
前にも、書いたが信玄公は、人を大切に扱うことによって、組織を活性化させた。人の信頼を失うと、一気に崩壊する。部下から信頼されると、それは強固な組織なる。昔、関ヶ原の戦いの時の、九州の武将 島津義弘公のことを少し書こう。
島津公は、関ヶ原の敗戦が濃厚になり、家康の敵陣に取り残された、すでにこれまでと思い、切腹を決意するが、部下から、薩摩に残された領民、家族のことを言われ、部下たちが、捨て奸と呼ばれる壮絶な戦法を用いて、義弘公を守った。有名な敵陣突破である。これほど、義弘公の人柄を表したものはないだろう。彼は、薩摩に帰ると、仏門にはいり、自分のために、命を捧げた部下たちの供養とともに、徳川に対する仇討ちを誓う、それが明治維新である。人の恨みは、300年近く消えないのだ。
一度、自分を組織の中の物差しではなく、社会の物差しで測ってみるといい。いかに自分がちっぽけな人間か、信用がどれだけ大切かわかるだろう。ファファファアア !