故郷は遠くにありて思うもの

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若い頃は、今から思うと夢ばかり追って、自分が何者かも分からず、人より偉いと勘違いして、随分と周りと衝突したものだ。若気の至りとはこのことだろう。世間の波にのまれ、夢が破れてくると、だんだん自分が分かってくる。この年になってくると、人それぞれ使命があって、生かされていると思うようになった。宿命とは避けて通れない運命で生まれてきた瞬間からもうその人の人生は決まっているのだろう。本人が知らないだけなのだろう。かの有名な作家も言っているが、国家というものは福祉国家が究極と言われている。すなわち人間は他人のために生きるのだと、そう考えると、どんな仕事でも世のため人のためになっているのだろう。実に無駄なことが多かったと感じることもあるが、昔から急がば回れという諺がある。その無駄?が仕事につながらなくても、仕事を得られなくても、人生は得られるよ。

オイラの出身は、北海道である。若かりし頃は、大都会東京に憧れたもんだ。𠮷幾三の歌に、「おら東京さいぐだ」という歌がある。本当にそうだから大笑いしたよ。何も知らないで、ジャージを着て、渋谷に行ったときはカルチャーショックだった。なんと垢抜けた人たちなんだろうと、、今から考えると恥ずかしいよ。今朝、パセリを散歩させようとして、外に出ると雪の匂いがしたが、周りを見ても降っていない。遊歩道に出ると、うっすらと雪が積もっていた。北海道ではこの時期大雪が降る。校庭で、みんなで寒い中野球をしていると、チラホラ雪が舞ってくることがある。実は雪ではなく、雪虫と呼ばれる小さな白い虫だ。それが飛んでくると大体1週間から2週間ぐらいすると本当の雪が降り始める。小学生の時はそれこそ2m近くの積雪でカマクラを作り上からソリで滑り落ちて良く遊んだものだ。はっきりと記憶していないが、小学校低学年の時に、馬そりで家に帰った記憶がある。猛吹雪のなか、鈴の音を響かせながら、ホワイトアウトした中から、大きな大きな馬が現れたとき、恐怖と感動が入り交じり、たくましさを感じ、体が震えたのを記憶している。本当に北の国は生活が大変なんだよ。長い長い冬を耐え忍んでようやっと春が来る。自然と共に生きるということは、こんなにも大変で感動的なものだということを今更ながら感じるよ。夏になると、近くの森にシマフクロウが現れる。暗闇のなか、「ホー、ホー」と泣いている。まるでトトロだね。冬になると、キツツキが内の煙突の枯れた木に餌を探しにやってくる。北海道の暖房は、こちらとは少し違い灯油ストーブは芯に湿らせて燃やすタイプではなく、直接灯油を燃やす仕組みになっている。従って、煙突が必要になってくる。その煙突を支えるために、昔は木を切ってそれに器具で直接煙突が触れないように煙突を立てる。その古木にキツツキがやってくる。枯れた木の中に潜んでいる虫を捕まえる為だ。明け方寒い中、窓の外を「コンコン」とたたく者がいた。何者かと思いそぉーと窓から覗くと、シマシマの体にオシリが赤い、アカゲラだ。オイラも近くで初めて見たよ。煙突の古木に虫を探しにやってきたみたいだ。コンコンと嘴で木の幹を剥がしたと思うと、サッと見えなくなった。しまった見つかったかと思った次の瞬間、「ダダダダダダッ」と機関銃のような音。ビックりしたよ。また次の場所に移って、コンコン、ダダダダダダを繰り返していた。寒い中大変だね。今でこそ、北海道にはガソリンスタンドが点在しているが、オイラがバイクで北海道に帰るときはまだガソリンスタンドがあまりなく次は200KM先迄ないと思うと、不安になったものだ。しかも夕方になると閉店してしまうので、なおさらである。だから、こちらに来た頃は、常にガソリンスタンドがあると、給油していたよ。そこらじゅうにあるのにね。

生まれ故郷には、特別な感情があるよ。やはり、小さいとき色々自然の中で育った者にとっては、北の大地は自然が厳しいことは分かっていても、望郷の念に駆られるよ。ましてや二人のお母さんがいると思うとなおさらだね。いつまでも、出会った頃のようにお元気で長生きして欲しいよ。不肖の息子を守り給え。

 

 

2023年1月31日