明日に向かって

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愛する人を突然失った、筆舌に尽くしがたいほどの喪失感、絶望感だろう。最も大きい悲しみである。人間いつかは死が訪れる。いつお迎えが来るかは、本人にはわからない。神様だけが知っている。

自分も死を覚悟したときがある。マラリアに初めて感染して、42度も熱が出て、まだ任地に赴任したばかりで、友人もいなく、本当に心細い思いをした。食事もとれず、体中も痛く、貧血にも襲われ、意識がもうろうとしたなかで、このまま死んだら、身元不明の白骨死体と処理され、遠い異国の地で人知れず死ぬのかと思い、悲しくないのに、涙が止めどなく流れたのを覚えてる。だから、日の丸を体にまとい横になっていた。死期が迫ると、よく母親が枕元にあわられると言われるが、私はそうでなかった。故郷の風景、大学時代の友人、それと三途の川?だった。

旅をするのが好きだ。気ままな一人旅もいいが、やはり仲間でワイワイするのがいい。長いようで短い人生、たくさんの仲間に囲まれながら、ワイワイやるのがいい。家族であり、職場の仲間たちである。社会人になると、家族以上に職場の人たちのつながりが時間的に多くなってくる。それだけ人生の中で大きな割合を占めてくる。戦友と呼べるだろう。家族もそうだが、職場の人たちとは、社会の中で戦っている。たくさんの思い出を共有しながらね。時には、いざこざもあるだろう、時にはともに悲しいこともあるだろう。時には楽しいこともあるだろう。すべて、感動と苦難を共有している。それが思い出となる。

あなたの仕事ぶりは、周りの人が良く見ている、とても楽しい愉快な人だということ、明るく天真爛漫な人だということ、頼りがいのある人であると言うことは、皆知っている。この悲しみを乗り越えてほしい。そして帰ってきてほしい。みなで次の困難を共に乗り越えよう。ね、板さん また歌を歌おうよ。

2020年9月22日