先日、全日本大学駅伝が終わった。今年はコロナ禍で、学生の三大駅伝と呼ばれる、出雲駅伝が中止となった。全日本大学駅伝が開催されたことは、関係者、ボランティア、参加者の努力があったからだろう。駅伝ファンとしては、喜ばしい事である。残るは、箱根駅伝である。無事に開催されることを願っている。箱根駅伝は、伝統と格式のある大会である。
病院に勤めていたとき、医事課に偶然、箱根駅伝の常連校の陸上部の職員がいた。その職員と酒を飲むことがあり、箱根駅伝に懸ける陸上部員の並々ならぬ熱意を聞いて、大変驚いて、感動した。彼らは四年間、厳しい練習に耐え、ひたすら箱根の覇者になるべく、日々努力している。彼は、たとえ足が折れても、意識がなくなっても、走ると、、ただただ仲間のため、母校のため、先輩たちのため、自分のため、応援してくれるすべての人のために、、それを聞いて号泣した。そんなにまでして、なぜ走るのか、彼は、襷の重さですと、、納得したよ。
箱根駅伝は、金栗 四三氏が開催したと言われる伝統ある大会である。彼は、悲運のオリンピックマラソンランナーである。当時、世界最速マラソンランナーといわれ、金メダル間違えなしといわれていた彼だが、初めてのマラソンで、熱中症にやられて、途中棄権、失意のまま帰国する。そんな彼を励ましたのが、かの有名な嘉納治五郎である。彼は、金栗にこう言った、「人生は、結果ではない、目的を持つことが素晴らしいと」これが、私の座右の銘になっている。その後、金栗は、さらなる悲運にさらされ、とうとうメダルは、取れなかった。似たような話が、前回の東京オリンピックでもあったが、ここでは、割愛する。その後、金栗は、後輩育成に力を注ぎ、それが箱根駅伝につながっていく。
月日が流れ、金栗のもとに、一通の知らせが届く。なんと、初回参加の、オリンピック委員からであった。驚いたことに、金栗は、公式にはゴールしていないことになっていた。粋なオリンピック委員会である。金栗に、ゴールするように記念式典を設けてくれた。金栗は、両手を挙げて喜んで、ゴールした。記録は、タイム54年と8か月6日5時間32分20秒3、これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します、とアナウンスされた。これは、ギネス記録にもなっている。穏やかな時代だね。
今、知人の薬局は、襷を掛けた第2走者である。ちょうど、カーブを曲がっている頃であろうか。向こうに第3走者が見えてきた。繰り上げスタートはない。第3走者は、いま力を蓄えて準備している。逞しく大きくなって、第2走者を待っている。はるか遠くにまだ見えない第4走者がいる。それは、知人の薬局で、実習をやった実習生かもしれない。社会に出たら、実習で身につけた、心構えを忘れずに、目的を持って、走り抜けて欲しい。素敵な音色を響かせながらね。