漢方薬の力

薬剤師になって、初めて病院に勤務したとき、漢方薬の種類の多さに驚いた。大学にいたとき生薬の授業は退屈で仕方がなかった。なんでこんな植物に薬効があるのか分からなかったよ。生薬の試験の時、ガラスの中に入っている生薬の鑑別試験の時みんな干からびた雑草にしか見えなくて、当然追試になったよ。(笑)今思うとまるっきり興味がなかったんだね。

人生不思議なもので、自分が苦手な方向に行くのが常なのかもしれない。高校生の時、英語が苦手だった。大嫌いだった。教える先生が嫌だった。それで嫌いになったよ。なんでオイラは日本人なのに英語なんか勉強しなくてはいけないんだと思ったよ。日本に住んでいるんだから日本語を話せれば十分だろうとも思った。今から考えるとおろかで周りが見えてなかったね。そんなオイラが、海外に行く羽目になるなんてね。話が変な方向に行ったので、この続きはまたにする。

店をやるようになって、調剤以外にじゃあ何が出来ると考えたよ。一つは、今やっている介護タクシー、これは前から少し考えていた。次は何か?OTCか?いや大手ドラッグやアマゾンなんかに勝てない。対面で商売ができるもの、処方薬でないもの、漢方かなぁと思ったよ。まだまだ漢方薬は、効果がないとかエビデンスがないとか言われているけど、そんなことはないと思うようになったきっかけがある。

以前、姪の結婚式のめでたい場で、立ちくらみで倒れたことがある。起立性低血圧である。前から、立ちくらみはよくしていた。一過性の脳虚血状態なのだろう。目の前が真っ暗になった。でも意識はある。周りの声ははっきりと聞こえた。しばらくすると、目の前が明るくなって、周りが見えてくると大騒ぎ。大男が倒れているからびっくりしたろう。脳神経外科の病院に勤めているとき、院長と話をしていたときだ。「先生、どうしてうちの入院患者さんは、糖尿病が多いんでしょうか?」と聞いたとき、「あれ、糖尿病は血管の病気だよ。血管がダメージを受けて、脳梗塞、脳出血になるんだよ」と言われ、納得した記憶がある。よく考えて見ると血管がボロボロになって、そこに高血圧、高脂血症が加われば、破れたり詰まったりするなあと理解したよ。大学の時、糖尿病はおしっこに糖が混じって、それで病気になって、3大合併症(糖尿病性網膜症、末梢神経障害、糖尿病性腎症)が出ると、覚えたもんだ。どうして、そうなるかは疑問にもしなかった。(笑)これでは、ただ血糖値を下げて、薬をのまないと合併症になるよとしか、いえないなぁ。病院に勤めて、臨床的な意義がまるで分かっていなかった。それから、勉強したよ。無い頭でね。

全て、血液が栄養分を運んだり、酸素を運んだり、そのためにいろいろな臓器がネットワークを作り、人体を構成しているんだと分かってくると、本当に小宇宙といわれるのが分かってくるよ。致命的な病気は、がんと梗塞、出血なんだと思うと、全て血流が関係しているんだとね。そう考えると、ホームページに乗せたオイラも飲んでいる錦上四川富貴廣は、止血、出血、活血作用と呼ばれる、一見理解しがたい作用がある。出血を抑え、血を止め、血の巡りをよくする作用、まさに夢の薬ではないか?事実とすればね。でも、事実だったよ。高価な薬なので、最初飲むのをためらったが、健康はなにものにも代えがたいものと分かってきたから、自分の体に投資するようにしたよ。まあ、介護タクシーに乗せている患者さんと話をすると、病院と住まいの往復だけ、年金は病院費と聞くと、頑張って生きてきて、最後はこれじゃと寂しい気持ちになったよ。錦上四川富貴廣を飲むようになって1年以上経つけど、あるとき全く立ちくらみがしないのに気がついたよ。もう1年以上ね。気がついたときはびっくり。さらに、立ち仕事が多い仕事なので、下肢静脈瘤がすこしあったんだけど、それも薄くなったりなくなったり。やはり、効果はあるよ。それから漢方薬を信じるようになった。

まさか、自分が漢方薬を勉強することになろうとは、前述した英語が大嫌いなのに、海外に行く羽目になったのと同じだ。昔、死んだじいちゃんが言ってたよ。人生を切り開くなら、あえて困難な道を選べと、、その意味がやっと分かってきたよ。さすがだよ。

いざ漢方薬を勉強してみると、実に奥が深いことが分かる。西洋薬は、切れ味がいい。作用機序を見ても、なるほどと分かる。理屈に合っている。でも、人間の体は薬を毒と認識?して、体外に排泄しようとする。そのせいで、副作用が出たり、薬の効果が弱まったりする。それで、血中濃度を維持するために、薬の効果を妨害する酵素を阻害する薬、或いは別の作用機序の薬をかぶせたりして、薬が増えてくる。その為に、人間は旨くそれらの攻撃をかわすような薬の開発を進める。イタチゴッコだ。いわゆる対症療法が中心になる。でも、西洋薬は否定しない。

東洋医学では、人間には、気、血、水の3要素があると言われている。このバランスが崩れると病気になると言われているが、このバランスをとるのが、漢方薬なのだそうだ。難しい話は、しないし出来ないので、もう少し勉強したらわかりやすく解説したいと思う。でも、不思議なことに、西洋薬の薬効から考えると、例えば糖尿病、腰痛、頻尿改善という何種類も服用しなきゃいけないのを、証が合えば、漢方1種類でも良いと言うことだ。病気に対する考え方が違うのが分かるだろう。

大体、止血剤と血液さらさらと循環改善剤が一つになっている薬なんでないね。

最近、面白い症例が合ったので、本人の了解の元、公開します。

 

 

錦上四川富貴廣

2023年3月2日

故郷は遠くにありて思うもの

若い頃は、今から思うと夢ばかり追って、自分が何者かも分からず、人より偉いと勘違いして、随分と周りと衝突したものだ。若気の至りとはこのことだろう。世間の波にのまれ、夢が破れてくると、だんだん自分が分かってくる。この年になってくると、人それぞれ使命があって、生かされていると思うようになった。宿命とは避けて通れない運命で生まれてきた瞬間からもうその人の人生は決まっているのだろう。本人が知らないだけなのだろう。かの有名な作家も言っているが、国家というものは福祉国家が究極と言われている。すなわち人間は他人のために生きるのだと、そう考えると、どんな仕事でも世のため人のためになっているのだろう。実に無駄なことが多かったと感じることもあるが、昔から急がば回れという諺がある。その無駄?が仕事につながらなくても、仕事を得られなくても、人生は得られるよ。

オイラの出身は、北海道である。若かりし頃は、大都会東京に憧れたもんだ。𠮷幾三の歌に、「おら東京さいぐだ」という歌がある。本当にそうだから大笑いしたよ。何も知らないで、ジャージを着て、渋谷に行ったときはカルチャーショックだった。なんと垢抜けた人たちなんだろうと、、今から考えると恥ずかしいよ。今朝、パセリを散歩させようとして、外に出ると雪の匂いがしたが、周りを見ても降っていない。遊歩道に出ると、うっすらと雪が積もっていた。北海道ではこの時期大雪が降る。校庭で、みんなで寒い中野球をしていると、チラホラ雪が舞ってくることがある。実は雪ではなく、雪虫と呼ばれる小さな白い虫だ。それが飛んでくると大体1週間から2週間ぐらいすると本当の雪が降り始める。小学生の時はそれこそ2m近くの積雪でカマクラを作り上からソリで滑り落ちて良く遊んだものだ。はっきりと記憶していないが、小学校低学年の時に、馬そりで家に帰った記憶がある。猛吹雪のなか、鈴の音を響かせながら、ホワイトアウトした中から、大きな大きな馬が現れたとき、恐怖と感動が入り交じり、たくましさを感じ、体が震えたのを記憶している。本当に北の国は生活が大変なんだよ。長い長い冬を耐え忍んでようやっと春が来る。自然と共に生きるということは、こんなにも大変で感動的なものだということを今更ながら感じるよ。夏になると、近くの森にシマフクロウが現れる。暗闇のなか、「ホー、ホー」と泣いている。まるでトトロだね。冬になると、キツツキが内の煙突の枯れた木に餌を探しにやってくる。北海道の暖房は、こちらとは少し違い灯油ストーブは芯に湿らせて燃やすタイプではなく、直接灯油を燃やす仕組みになっている。従って、煙突が必要になってくる。その煙突を支えるために、昔は木を切ってそれに器具で直接煙突が触れないように煙突を立てる。その古木にキツツキがやってくる。枯れた木の中に潜んでいる虫を捕まえる為だ。明け方寒い中、窓の外を「コンコン」とたたく者がいた。何者かと思いそぉーと窓から覗くと、シマシマの体にオシリが赤い、アカゲラだ。オイラも近くで初めて見たよ。煙突の古木に虫を探しにやってきたみたいだ。コンコンと嘴で木の幹を剥がしたと思うと、サッと見えなくなった。しまった見つかったかと思った次の瞬間、「ダダダダダダッ」と機関銃のような音。ビックりしたよ。また次の場所に移って、コンコン、ダダダダダダを繰り返していた。寒い中大変だね。今でこそ、北海道にはガソリンスタンドが点在しているが、オイラがバイクで北海道に帰るときはまだガソリンスタンドがあまりなく次は200KM先迄ないと思うと、不安になったものだ。しかも夕方になると閉店してしまうので、なおさらである。だから、こちらに来た頃は、常にガソリンスタンドがあると、給油していたよ。そこらじゅうにあるのにね。

生まれ故郷には、特別な感情があるよ。やはり、小さいとき色々自然の中で育った者にとっては、北の大地は自然が厳しいことは分かっていても、望郷の念に駆られるよ。ましてや二人のお母さんがいると思うとなおさらだね。いつまでも、出会った頃のようにお元気で長生きして欲しいよ。不肖の息子を守り給え。

 

 

2023年1月31日

ワールドカップ2022 森保丸

日本のワールドカップ8強入りの挑戦は終わった。最後はPK戦になって、3本止められて惨敗した。しかし、選手たちは本当によく頑張ってくれた。日本国民に勇気と希望を与えてくれたよ。胸を張って堂々と帰国してもらいたい。思えば長い道のりだった。今から30年近く前に日本にJリーグが発足してから本格的に日本のワールドカップ挑戦が始まった。今でこそ、日本はサッカーブームになっているけど、オイラがアフリカにいるとき、小さな子供たちが手製の布製のボールでサッカーをしているのをみて、アフリカでもサッカー人気は大変なものだと言うことを初めて知ったよ。あるとき、現地の酒場で飲んでいるときに、アフリカの友人が、サッカー選手は大統領より偉いと言って、スポーツとしてのサッカーはほとんど国技に近いと思ったよ。応援団も、各国工夫をこらしており、民族衣装に身をまとい太鼓や笛、見たこともない楽器でスタジアムが盛り上がる。異様な興奮状態に包まれている。

今回の決勝戦は珍しく最後はPK戦にて、アルゼンチンの優勝が決まった。メッシ悲願の頂点である。PK戦は、心理戦である。練習も必要ではあるが、果たしてどこまで練習の効果があるかは分からない。なにせ一流選手ばかりなのだから、シュート自身の技術は問題ないだろう。あとは、キーパーとの騙し合いである。この一蹴りで試合の勝ち負けが決まると思えば、それはそれはプレッシャーがかかるだろう。ましてや決勝戦ともなれば、選手の心中察するに余りある。

1994年アメリカでのワールドカップの決勝戦もPKで決着が付いた。当時イタリアの至宝とも言われた、ロベルトバッジョ氏である。彼は、イタリア最後の選手としてPKに挑んだ。しかしボールは、コールポストを大きくは外れゴールの上に飛んでいった。その時彼は大きくうなだれ、ブラジルの優勝が決まった。彼はずっとトラウマを背負うことになるが、イタリアはその後のワールドカップでリベンジを果たす。

思えば、サッカーチームの中には必ず司令塔と呼ばれる背番号10?の選手がいる。ゲームメイクは司令塔を中心に進めるのが理想的ではないだろうか?あくまで個人的意見だが、、監督は、総論を述べ、キャプテンは、皆をまとめ、司令塔は、試合中に臨機応変に対応する。これがないと、なかなか新しい景色は見えてこないだろう。ただ司令塔と呼ばれる人物は、皆からの尊敬を集めるような人徳者である必要がある。そうでないと、逆に反発が来てチームがバラバラになってしまう。試合中司令塔と呼ばれる人物が、果敢に敵陣に切れ込み、味方の応援を待っているのを感じ取ると、我々も奮起する。実際、そういう姿をみると、全く疲れを感じなくなる。オイラも一度試合中に感じたことがある。急に足が軽くなって、どれだけでも走れるようになり、重力が感じられない。痛みすら感じない今まで経験したことのない感覚であった。そのおかげか何か分からないが、難敵に勝利した。

最後に、キャプテンの吉田 摩也が言っていた言葉が印象的だった。プレーをして楽しかった、この仲間とやれて楽しかったと、、前にも少し書いたが、知、好、楽とは、やはり本当である。

箱根駅伝も、駒沢大学の三冠(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E4%B8%89%E5%A4%A7%E9%A7%85%E4%BC%9D)で終わった。大八木監督のまさに集大成、勇退するには素晴らしい花道になった。彼は言っている。駒沢を3冠に導いたのは、もちろん選手たちの思いもあるだろうが、自分自身が指導者として変わったと、、昭和の男ではだめだと、、すなわち選手たちの自主性に任せて、自分は選択肢を与えているだけだと、これは森保監督にもいえる。

トップダウンでは、今の世の中組織を活性化させるには、これだけ情報化社会になっているのだから、各自その情報と自分の考え、トップの考えをすり合わせているだろう。その中で選手たちの自分が一番いいと思う選択肢を与えた方が良い結果が生まれるのかもしれない。ただ、駅伝でもそうだが、エースの存在は必要だろう。今回森保丸からは、何人か下船すると思う。今までサッカー界をリードしてきた人たちだ。次の世代に引き継がれていくことも考えて、当然行動してきただろう。次のワールドカップでは、何としてもベスト4まで進んでもらいたい。ただ、船長がボンクラだと、誰も船に乗らない。それは、いわゆる泥の船というやつだ!何度も言うが、総論は船長が決め、船員を束ねるのはキャプテンなのだ。個の能力を上手く使い、個の個性の衝突を上手にルールなりでコントロールしながら、大局を見極め船を進めないと、大波が来てすぐに沈没する。

レインボー薬局も、度重なる診療報酬の改定、医薬品の供給不安定、オンライン診療化、服薬指導、電子処方箋等、対応することが山積だ。また、第一弾として介護タクシーも始めたので、2刀流として地域の皆様のお役に立ちたいと思っている。尚、ストレッチャー対応ではありませんので、ゆくゆくは大型のワゴンタイプのタクシーにしようかと思っています。今年もどうかよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

2023年1月9日

2種免許から介護タクシー開業に 

2種免許は、お客を有償にてもてなす?訳であるから、接客業である。さらに事件、事故に巻き込まれないよう何よりも安全運転が肝要である。これは、我々薬剤師の仕事道にも通じるものがある。患者の薬物治療に対する有効性安全性、副作用に対する注意喚起、お客の交通事故に対する注意、ともに生命に対する安全を担保する意味では、同じである。

タクシーを選ぶ際に、選ぶ基準はなんだろうか?たまたまいたタクシーに乗り、目的地に安全に運んでくれればそれでいいのではないだろうか?薬局もそう、薬をもらえばいいだけではないか?どこでもらっても薬は同じ。でも、服用した後の問題がある。ここが大きく違うところだ。タクシーは、お客が下りた後は、基本もう関係ない。

話が大きくそれたが、今回は合格顛末記の後半を報告しようと思う。

路上教習に出る前の第一段階では、10時間の場内運転が義務づけられている。前回も書いたが、課題走行(S字走行、クランク、縦列駐車、鋭角クランク)をこなしつつ、メリハリのある運転、しかも徹底的な安全確認を検査される。いつも緊張で大汗をかいていた。2種の場合は、1種と違い、とにかく客を意識した運転を求められる。急ブレーキや急発進、厳密にいえば、体に0.6Gがかかると減点対象になる。どの程度かわからないが、何回かやるうち教官からこのぐらいだと減点になるよと言われて、感覚的に覚えてきたつもりである。でも実際、走りながら安全確認をして、スピードに気を付けながら、標識をみて、ウインカーを出して、客の求めに応じるのは、容易でない。

場内を走る分には、他の教習車と標識だけを注意しておけば、問題ないけれども、路上はそうはいかない。一番困ったのが、歩行者と自転車。とくに商店街を走る際には、細心の注意が必要である。歩行者に対する安全確認を怠ると、大減点だからである。とても合格にはおぼつかない。

いつも朝一番に教習を受けていた。おいらは少し早めに行って、教科書を読んだり、職員と思しき年配の人といつも外で世間話をしていた。名前は聞かなかったが、いつも早くにきているおじさんで仮にMさんとしておこう。Mさんはとても気さくなおじさんで、温厚な中にも厳しさがあるのを感じていた。よくコースの教習車を見て、あれはだめだねとかよくできているねとか言っていたよ。

路上教習が始まってからは、緊張の連続だった。なんせ違反をしている車が多いこと多いこと((笑))特に市内では、駐停車が守られていない。ちょっとぐらいなら止まってもいいだろうとか、軽微な違反を取り締まっていたら、道路が素晴らしくきれいになるよ。(交通違反の罰金は、国家予算に組み込まれていて、そのお金で道路整備なんかに使われているらしい)

それと速度超過、道路標識もめまぐるしく変わり、交通の流れに任せて運転していると、たちまち違反になってしまう。運転している側からしてみれば、流れに任せて運転している分には捕まらないだろうと思っている。これはこっちの理屈。捕まえる側からしたら、その交通を引っ張るクルマを捕まえるとの事、なるほどと思ったよ、だから先頭車両になった時、あるいは前方の車と距離が短い時は、特に注意しなくてはならない。

路上検定が始まる日は、かなり雲行きが怪しく、始まる頃には大雨になってきた。オイラは一人で検定を受けるので、立会人が乗り込むことになると試験官。通常は、路上検定は試験官と検定者、それと次に受ける検定者の合計3人が乗り込むことになっているらしい。検定の不正をなくすためとのこと。オイラの場合は誰かなと思っていた。少なくとも2種の検定はオイラしかいない。そしたら、いつもの初老のMさんが奥から出てきて、ひどい雨だねと言いながら、こちらにやってきた。

そしたら、試験官が「所長、今日の検定中止にしましょうか?」というではないか。オイラが毎日、世間話していたのは、県警OBの所長さんだった。これには驚いたよ。所長が、「いや、大丈夫だろう。彼にも予定があるだろうから」と言ってくれたので、大雨の中、試験が開始された。Mさん=所長(笑)

オイラにとってこの大雨は、好都合だった。なぜかというと、交通量が少ないし、最注意事項の自転車、歩行者がいない。路上教習で一番注意しなくてはならないのは、自転車と歩行者、商店街を走るコースがあるので、いつも憂鬱な気分になったものだよ。でも、この日は違った。実にスムーズ、水はねを気をつけ、速度をまもって、車間に気をつけ、対向車に注意しながら、転回。課題を淡々とこなし、無事終了。後ろで所長も、ご苦労様とねぎらいの言葉を頂いた。教習所に帰ってから、ご無礼をお詫びし、また世間話。薬剤師さんなのにタクシーやるんだねといって、驚かれていたよ。無事合格。その後、幕張の運転免許試験場にて、2種免許の学科試験を受験、6人の2種免許受験者のうち、3人の合格、狭き門だったよ。試験問題は見たこともないものが出て焦った焦った。

現在、やっと介護タクシーを開業したが、本当に大変だった。全て一人でやったから、開業までの道のりはまたの機会にお話ししよう。早速、お客の予約が入った。

安全運転に十分に気をつけて、お客さんと夢と希望を乗せて、今日もパセリGoは走るよ。

 

名車 パセリGO!

 

2022年11月30日

介護タクシー始めました

新しく介護タクシーを始めました。詳しくはホームページ内の詳記を御覧ください。

2022年11月17日

神よ女王陛下を守り給え

今朝、散歩に行こうとテレビをつけたら、エリザベス女王が崩御されたとニュースが報道されていた。激動の人生であった。第2次世界大戦を経験し、その後復興に携わり国民と共に英国をけん引してきた歴史に名を残した君主である。様々な困難に立ち向かいジョークを飛ばしながら国民を鼓舞した。これは、あのチャーチルにもいえる。国民性なのだろうか。

古くから英国王室は、長い伝統と格式がある。イギリスには成文化された憲法というものがない。何が国の基本法なのか。それは、長い間に培われてきた判例法、習慣法などである。紳士、淑女の国なのだ。だから、イギリス人は品格と良識を重んじ、ジョークを好むという国民性らしい。その証拠に以前、英国海軍で不祥事が起こったとき時の英国参謀総長が、彼らには女王陛下の軍服を着る資格はないと断罪したのがいい例だ。それだけ深い畏敬と愛情を国民は抱いている。

沈没船ジョークというのをご存じだろうか?世界の国々の国民性を表している面白い逸話なので是非皆さんも読んでみてください。

在位70年といのは、英国君主としては最長である。後にも先にもこれだけ長く君主でいられる人物は現れないだろう。公私ともに波乱の人生であったが、英国国民に愛されていたのは、確かなようである。当然、国葬である。誰も国民は反対しないだろう。

大きな虹が女王訃報の後、バッキンガム宮殿にかかったようだ。きっと、女王も虹の橋を渡っているに違いない。笑顔で国民に手を振りながらね。

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6438165

バッキンガム宮殿の上空に出現した虹(2022年9月8日)

画像

2022年9月9日

コロナ

やはり、罹ってしまった。まあ、これだけコロナ患者と接していれば、いずれは罹患してもおかしくない状況ではあったが、、すこし喉が痛いと思っていたら、いきなり高熱に見舞われた。おかしなもので、非常に熱が乱高下する。解熱剤を飲むとすぐ下がるが、またすぐ上がる。でも不思議と体はだるくない。やはりワクチンを3回接種していたからだろうか。エアコンの前にいると、熱が下がって、横になると熱が上がって、体温計が壊れているかと思ったよ。3日間ぐらいすると、熱が下がってきた。その代わり、痰がらみがひどくちょうどひどい風邪を引いた後の様な粘稠痰が出てきた。解熱剤と市販の漢方薬、桔梗石膏と排膿散で乗り切りったよ。39℃を超えたときは、マラリアを思い出したね。

いまから、30年も前になる。青年海外協力隊で薬剤師として赴任したときの事だった。成田から24時間以上かけて、ロンドンのヒースロー空港から、ザンビア共和国の首都ルサカに到着、すぐに寮に入り、その後オリエンテーションのあと、割とすぐに現地訓練といって、先輩隊員の赴任地に、いきなり放り込まれる。日本から出発して10日目だった。いまから考えると、ずいぶんと乱暴だなぁと思うよ。(笑)

オイラの現地訓練先は、南部州のマザブカという獣医師隊員のいる部落だった。いきなり、現地の人たちとの生活が始まり、先輩隊員は初日だけ、後は帰る1週間後にくるのみ、大変なカルチャーショックだったよ。でも、忘れられない思い出となった。この頃は、今後苦しむ事になるマラリアなんか気にもしていなかった。現地訓練の時の話は、またの機会にします。とにかく面白い話ですよ。

現地訓練が終わって、寮に帰ってくると、事務所のほうから、念のためマラリアの検査のために採血をおこなった。結果が分かるのが、1W後というから悠長な話だ。みな、現地訓練からかえって来て、その話で持ちきりだった。オイラの現地訓練の赴任地は、過酷なところだったみたいだ。(笑)

寮に帰ってすぐに保健省から通知が来て、明後日、現地に入って欲しいと、マンサ州立病院。おいおい、もうかよと思ったけど、ただでさえ、アキレス腱が断裂して、派遣が3ヶ月も遅れたので、保健省も焦っていたに違いないと思い、皆と早々に分かれて、一人現地に向かったよ。1500KMの長い旅だった。我々の隊次では、一番早い赴任となった。

マンサ州立病院は、北部のルアプラ州の州都に有り、ザイール(現在のコンゴ共和国)と国境を接している耐性マラリアの汚染地域でもある。耐性マラリアとは、クスリが効かないマラリアの事。全く効かないかと言えば、そうではなく最初に用いられるクロロキンには耐性で、その後にファンシダール、パルドリン、キニーネと適応があるが、副作用が強く出てくるらしい。隊員の中には、キニーネまで使用し、腎障害を患ってしまった者もいた。命を助けるためには、仕方ない事だったかもしれない。

初日に、赴任先の病院の院長や総婦長、看護学校、警察、軍隊に挨拶回りをして、午後から急に寒気がして、おかしいと思い体温を測ったら42度。マラリアである。体が痛く、食欲もなく、友人もなく、知り合いもいない。耐性マラリアのことは知っていたので、また死亡例も報告されていたので、マラリアになった精神的ショックのほうが大きかった。前のブログにも書いたけど、死を覚悟したよ。人間死ぬときは、悲しくないのに運命を受け入れるときに、無性に涙がこぼれたのをよく覚えている。無事生還したけど、最初のマラリアは本当にショックだったよ。日の丸を体に巻いてね。

コロナウイルスは、山中先生も言っているけど国民全体が罹って獲得免疫?になって、徐々に収束していくのだろう。スペイン風邪もたくさんの死者を出して、徐々に収束している。病院に勤めている後輩の薬剤師もコロナに罹った人の抗体価が30万の人もいれば、罹っているのに、ラベブリオのんでも1000しかない人もいるし、罹らないのに1万以上ある人もいるし、よく分からないらしい。結局、その人の寿命は神のみぞ知るということか。

ザンビアでは、お年寄りは尊敬されている。それは単純に体が強いからだという。マラリアや感染症に負けないで、長生きしているからだという。村に行くと長老の意見は絶対である。それはこのような理由だからだろう。

10日目にして、抗原キットが陰性になった。やはり待機期間というのは、統計学的ものだろう。医療従事者は早めの待機解除を言われているが、7日間の待機のあと、抗原キット2回陰性が要件となっている。今回コロナに罹患して、店を閉めることになった。個人事業主としては、大ダメージである。今後、対応を考えていかなければならない。閉店は、即 倒産になるからねぇ。うちみたいな、モスキート級の薬局ではね。

 

 

 

 

 

2022年8月31日

2種免許 PART 1

ひょんな事から、2種免許をとることになり、教習所に通うことになった。教習所なんか通うのは、40年ぶりぐらいだろうか。とてもタクシードライバーを幕張(運転免許センター)で一発試験で合格する自信がないので、大枚はたいて教習所に入所した。知らない間に、免許制度が変更になっていて、大型免許、中型免許、準中型免許、普通免許と細分化され、貨物自動車も車両総重量によって運転免許が異なるのは、驚いた。ずいぶんと知らない間に、厳しくなってきているなあと思ったよ。はじめは、家の近くに行こうと思ったけど、二種免許はやっていないとのことで、少し離れているけど、元居た職場の近くで探した。

そこは、時代に取り残された?昭和のにおいがする教習所で、ちょうど4月はサクラの時期でもあり、コースの外側には、桜が満開で一発で気に入ってしまった。何故か、お年寄りがたくさんいたので、不思議に思っていたが、あとで高齢者講習ということがわかった。70歳以上になったら、受けなくてはならない決まりになっているらしい。しかもつい最近、高齢者が決められた項目に違反すると、免許が更新できなくなってしまったということだ。土地柄、免許がなくなると、生活に影響がでる。田舎に住んでいる人は、大変だよ。公共交通機関が発達していないからね。

入所時に、一番問題となったのが、視力検査。普通自動車とは違い厳しくなっている。しかも深視力とよばれる検査があって、2本の棒の間を、1本の棒が動いていて、同じ並びになったら、ボタンを押す検査なんだけど、前後2センチまでしか誤差が認められず、しかも3回やって、その平均が2センチ以下でないとだめという非常に厳しい検査なんだよ。この検査は、空間認識の検査だと思う。いくら視力が良くても、空間認識がだめだと、その時点でアウト。

脳梗塞や脳に障害がある場合、見えているのに空間を認識できない病態があるが、病気まではないにしろ、若い人が深視力をパスできないのは、何かしらの脳のネットワークが混乱しているのではないだろうかと思ってしまう。同期の教習生にも、やっと深視力が合格して教習にきているけど、幕張での本番が心配と言っていたよ。彼も、タクシーで生活をかけるから、心配なのはよくわかるよ。

2種免許と1種免許の大きく違いところは、運転技術もさることながら、お客を乗せて、金銭をもらうという商行為である。したがって、お客の安全確保が最優先であるということ。そのため、安全確認、法令順守が欠かせない。これを忘れたり、違反したりすると、即検定は中止と合格はおぼつかない。教習中は、これを徹底的に覚えこまされた。また、学科試験でも1種とは違い、お客の安全のための試験問題が多数出てくる。試験問題集にも出てこないような問題が、本試験でも出てきて焦った焦った。

最初は、教習所内で課題走行を中心に、安全確認を徹底的に覚えこまされる。同時に学科もやはり安全確認。2種の場合、S字、クランク、方向転換は当たり前にできて、しかもバックでS字、クランク。聞けは、お客を乗せているとき、あ!間違えました。運転手さん、バックして一度もと来た道に戻ってくださいと言われた場合の練習らしい。納得だよ。さらに鋭角クランク、これは図にあるように、鋭い角度がついた道を切り返し3回以内で曲がるというもの。もちろん脱輪、乗り上げ、ポール接触で検定中止となる。道路を走っていると、たくさんの標識があるが、皆さんそれを確認して走っているだろうか?正しい標識を理解しているだろうか?路上検定では、それらを一瞬で判断して対応しなければならない。

教習所にきているのは、ほどんどが若者、10代か20代、オイラが空き時間コースを眺めていると、一生懸命前を向いて、わき目も降らず運転している。緊張感が伝わってくる。オイラにもそんな時代があったんだなぁと思うと、なんだか年を感じるよ。

PART 2へ

深視力

 

 

 

 

 

二種免許(大型、中型、普通)が取得きる教習所|合宿免許の那須高原合宿予約センター

2022年6月10日

ドイツの薬局

医薬分業は、日本に限ったことではない。海外、今回はドイツの薬局を見てみよう。本来薬局というのは、国民の健康増進の義務を課せられているのは、同じである。かかりつけ薬局も同じっである。まず大きく違うことは、ドイツでは薬局は営利目的のためだけに経営されるべきでないという理念から、薬局開設者は薬剤師の資格が必要で、他資本や外国資本によるチェーン店経営を許可していません。日本の薬局が、小売業 株式会社と大きく違うところですね。この例からしても、大手チェーン薬局は、将来にわたり淘汰されるでしょう。しかも4店舗?までと制約があります。吉永小百合さんの映画で、弟という山田洋二監督の作品がある。その中で、吉永小百合さんが演じる薬剤師像に、本来薬剤師が目指す方向性が出ている。それは、簡単に言うと町の萬家、科学的知識から、政治、歴史まで、多岐にわたって、薬剤師は物知りであるとドイツ国民から認知されている。おのずとかかりつけの方向性が見えてくるだろう。

調剤業務以外にも、・OTC医薬品、サプリメントの相談販売・介護施設、医院への医薬品供給・処方された医薬品の配合禁忌・相互作用のチェック・疑義照会・輪番制の夜勤 (ひと晩に全国で約1400店の薬局が担当)・血糖値、血圧の測定・調剤用原料の確認試験・製品情報、健康管理情報の提供・副作用の関係当局への報告・市販医薬品検査(外観、表示の適正をチェック)
・医薬品不良ロットの報告・回収・返品・不良医療機器、不適サプリメント等が疑われた際の関係当局への報告それ以外にも、町の健康イベントへの参加、学校での授業など、国民に薬局の仕事を知ってもらうためのアピール活動も行っています。日本の薬局とほぼ変わりませんね。これを見ても、日本がドイツの薬局像に向かっているのがわかりますね。

それから、薬品の供給体制です。卸業者から、1日に何便も薬局に薬が届けられます。薬の安定供給が国民の健康維持に直結しているからです。ドイツというのは、大変交通網が発達しており、あの有名なアウトバーン(速度無制限)が網目のように走っています。これは、第2時世界大戦の時、ヒトラーが武器を前線に運ぶために、失業対策に整備したと言われています。皮肉なものですね。同様に鉄道網も発達しています。これは、鉄道で列車砲やユダヤ人を運ぶために使われました。これも皮肉なものですね。

ドイツにもいわゆるテクニシャンが存在します。きちんと教育を受けた薬剤師の補助です。近時日本でも、登録販売員の資格が整備され、1種医薬品を除いて販売できるようになりました。今後薬局を取り巻く環境は大きく変わり、登録販売員と薬剤師のようなドラッグのような薬局が台頭してくるでしょう。もうしているか。

ドイツと言えば、宰相メルケルさんです。彼女は去年暮れにドイツ首相を退任されました。彼女のやってきた功績はあまりに大きい。確かに負の遺産もあるが、近時ドイツをあそこまで押し上げたのは彼女の功績だろう。

東ドイツ出身の彼女は、共産国でとてもつらい目にあって、自由というものがいかに大切かを肌身に染みていたに違いない。

退任の時に、ドイツ連邦軍に演奏させた曲が、ニナハーゲンの「カラーフィルムを忘れたのね」だった。演奏中に涙を溜めて、静かに聞き入っている彼女の胸には、今まで生きてきた万感の思いがあったのだろう。彼女なら、プーチンを止められたに違いない。ミンスク合意がロシアの国益にかなっていると、わからないけどね。

本当に、歌は世につれ、世は歌につれだね。

http://www.jicl.jp/cinema/backnumber/20220425.html

 

 

2022年5月4日

働けば自由になる

青年海外協力隊に、薬剤師として参加し任期を終えて帰国する際、帰路変更といって一部の国を除いて旅行することを認められていた。その際に、オイラはかねてより見学したかったアウシュビッツ強制収容所を実際にこの目で見たいと思い、ポーランドにドイツ経由で向かった。道中大変な事があったが、ここでは割愛する。

ポーランドのクラクフという町からはっきり記憶していないが、タクシーで行ったとおもう。おぞましい歴史ととはほど遠い中世の面影が色濃く残る町並みは実に見事で、大きな広場にはお土産屋さんやテイクアウトの店、果物いっぱいのケーキなど自然豊かな美しい町だった。車窓からは美しい畑や絵画に出てくるようなのどかな風景が続く。とても歴史上国が2回も地図上からなくなった戦乱の歴史があるとは到底思えない。ポーランドの人たちはそれこそ命をかけて祖国と自由を守った。

アウシュビッツに着くと、まず正門の看板が眼に入る。働けば自由になる(Arbeit macht Frei)、この門をくぐって、一体何人のユダヤ人が虐殺されたのだろう。人類至上、まれにみる組織的に行われた大量虐殺である。ドイツでは、この歴史の負の遺産を忘れないようにと、テレビでは時々ゴールデンタイムで放送されているらしい。人間はどこまで残酷になれるのか?ユダヤ人を殺害したガス室の建物の隣にあるのが、ゲシュタポの病院と聞いて驚いた。自分たちは、まだその家族が病気になったとき病院を受診し、隣では毒ガスでユダヤ人を殺害している。モーツアルトを聞きながら、酒を飲みしかもユダヤ人を殺害、どう考えても狂気の沙汰としか思えない。敷地内に入ると、すぐわきに鉄製の絞首台、隣の説明書きには写真があり三人の囚人がつるされている。そのままだ。さらに奥に進むと、たくさんの建物、その中の一つに入ってみた。写真で見たのと同じ粗末なベッドがあり、その隣には、トイレがあった。これも写真とおなじ。別の棟には、たくさんの髪の毛が部屋の片側に大量に積まれていた。金髪の小さな三つ編みの髪の毛が、涙を誘った。その隣には、たくさんの眼鏡、その隣にはたくさんのカバン、きちんと分別していたのか。恐ろしい。

ミルグラム実験をご存じだろうか。簡単に言うと、ある条件下では、命令は絶対で凡人が殺人鬼になるということだ。賛否あるが、これは人間の心の隙間に悪が容易に入ってくることを物語っている。アイヒマンでさえただ命令に従っただけと言っている。絶対的権威者の命令は絶対で、ただ命令に従っただけなので、自分に責任はないと解釈しているのだろう。

いま、ウクライナ侵攻でロシア軍が残虐非道なるふるまいをしているという。戦争には上記のような心理が働き、普通の兵隊が殺人鬼になっているに違いない。ウクライナ侵攻は今後ますます拡大しそうだ。自分たちの被害を最小限にするため、建物を破壊し、市民に紛れているウクライナ兵の区別がわからないから、市民を皆殺しにし、自分たちの犠牲が出ないように、巡航ミサイルや長距離砲をうち、前進するだろう。

第2時世界大戦の教訓は忘れたのか?あの時と同じだ。ロシア系の住民の保護という名目で、侵攻している。ナチスドイツも、ドイツ系住民の保護のためにチェコに侵攻した。その後どうなったか?大戦に突き進んだではないか?

自由という大義を勝ち取るために人類は多大なる犠牲を払ってきた。逆を返せば、自由を勝ち取るためには犠牲が伴う。祖国防衛のために命を捧げて、侵略者と戦うのは崇高な理念だと思う。先の大戦で大きく違うことは、情報化社会と核兵器だ。スマホで世界中の情報が手に入る時代だ。

アインシュタインは言っている。ある人が、「博士、第三次世界大戦はありますか?」と聞くと、アインシュタインは、「第三次世界大戦はわからないけど、第4次世界大戦はあるよ。その時の戦いは、こん棒と石だよ」とね。博士得意のブラックジョークだと思うけど、これは何を意味するのだろうか

 

2022年4月24日