いままで、いろいろな職場で、沢山の人たちと一緒に仕事をしてきた。自営してみると、いかに組織体を維持するのが大変かがわかる。人が多くなればさまざまな価値観をもつ人たちが集まって、会社としてひとつの法人格をもち、社会に貢献する。しかし、職員の多様性は時として、凶として出ることがある。それを防ぐために、ルール作りが欠かせない。個人と組織体のすりあわせだ。いい会社というのは、会話にあふれ、活気に満ちている、自由がある。われわれの仕事は、黙々と調剤、会話とは無縁の職場なのだろう、薬局、病院で楽しそうに仕事をしているとことは、見たことがない。調剤過誤を防ぐためにも。、私語は厳禁なのだが、これも程度問題。緊張の中でも、ふっと楽しい事があると、また集中して仕事が出来るはずだ。そんな理想の店舗を目指しているが、なかなかうまくいかない。経営的なこともあるが、やはり経営者と従業員では、大きな壁がある。
いま、ロシアがウクライナを侵攻して、多くの市民が犠牲になっている。痛ましいことだ。歴史を紐解くと、いかに歴史を繰り返しているかが分かる。ウクライナという肥沃な大地と黒海に面した地政学的な場所が、そこに住む人たちには、侵略と破壊のまさに戦乱の時を経験している。ヨーロッパやシベリアなんかは山や寒さでろくな作物が育たない。魅力的な土地に征服者は見えたのだろう。
アフリカにいるとき、見た目は全部黒人なのに、あの人は何族だから、あの人は仲間だと言われるのをよく聞いた。正直驚いた。日本にすんでいるとあの人は、千葉人だからとか、あの人は東京人だからとかそういった差別的な感情はまるでない。それが、海外では、普通にあるのだ。ちょっと理解に苦しむ。
幕末に、明治維新がありその後天皇制が復活?して、錦の御旗の元に日本国民は統治されてきた。しかも島国、他国からの侵略がほとんどなかった事も幸いしているのかもしれない。
会社も、社長以下従業員一同、いかにライバルを出し抜くかに腐心している。ところが、調剤薬局は本当に診療報酬に振り回されている。ある程度は仕方ないにしても、患者を増やす努力という事を考えているだろうか?かかりつけ薬剤師なんかも、なんで契約をしなくてはいけないのか?かかりつけ医師を見てみると、契約なんか取っていない。患者はドクターに病気を治療したもらいたいといって病院に来る。薬局はどこでもらっても薬は同じだ。じゃあどこで差をつけるか?かかりつけの件数を増やして、報告書を提出して、地域連携薬局を目指すのは、所詮小手先だけの仕事だ。患者は、この薬局は地域連携薬局だから、先生と綿密にやっているな、じゃあ行ってみようということには、おそらくならないとおもう。
薬局は小売業、どうやって患者から選んでもらうかが、本質である。小売業だから顧客からどうやって選んでもらうかだ。薬局は薬を扱っているから、継続的な薬学管理をするためには、どうしても来てもらわないといけない。患者側からみれば、色々相談に乗ってくれる、疑問があれば直接、間接的に病院に問い合わせる、病気のこともよく説明してくれる、ドクターがこう言ったとか、検査値がこうだとか言う相談にもわかりやすく説明してくれる。お薬が足らないなら、お届けしてくれる、いつでも時間外でも相談に乗ってくれる、動けなくなったら、在宅に切り替えて、訪問しますと、、そうでもしなければ、他の薬局に勝てない。また、健康食品も特徴を出さないと、大手ドラッグには太刀打ち出来ない。でも、高齢者は門前でもらうし、便利がいい。魅力的な薬剤師がいなければ、そうする。選ぶ以前の問題だ。この辺はお上も承知していて、門前、敷地内薬局には、点数を厳しくしている。でも、患者はそれでも門前にいく、近いから。しかも大手薬局。じゃあ次はどうする。今回は調剤報酬ばかり見ているから、気がつかないが、実は医科の報酬で恐ろしい算定要件が追加されている。いまはまだ大学病院レベルだが、急性期充実体制加算の要件では、敷地内薬局は禁止されている。これが徐々に病院レベルにまで広めるかもしれない。でも、開業医レベルにまではしないだろう。開業医は院内で薬を出すほど、余裕はない。医師会が反対する。
先ほど書いたが、肥沃な土地には、侵略者が現れる。利益率がいい仕事には、いろいろな業種が参入してくる。薬局開設者は薬剤師でなくても良い。誰でもいいのだ。薬剤師を雇えばすむ。だから、経営者として診療報酬ばかり目が行って、その向こうにある患者のことは2の次になってしまうのかもしれない。患者のためといいながら、実は、会社の為、普通の営利会社ではそれでいいのだろう、でも我々は公益性の高い仕事、奉仕の精神を忘れてはいけない、それこそ薬剤師の本分をわすれず、自己研鑽を欠かさず、前を向いて人生を駆け抜けてもらいたい。
今年の実習生は、全員国家試験に合格した。まずは社会人のスタートラインにたった。これからは地図のない細い曲がりくねった道を歩いて行かなくてはいけない。一人で歩いていると、そのうち仲間が増えてくる。楽しく歩くこともあるだろう。けんかしながら歩く事もあるだろう。でも、必ずお別れが来る。それが、経験値となる。
人間生まれるときも一人、死ぬときも一人。生きている間に十分世のため人の為に頑張って仕事をしてもらいたい。そうすることで、自分の居場所が見つかるよ。
おいらも、船を下りて、仲間たちとお別れをして、また違う船に乗っている。元いた船が、だんだん遠くになってきた。また、元の仲間たちは新しい仲間たちと、経験値を積むに違いない。そしていつかまたおいらの船に乗って旅をしたいね。それまで、がんばレイ!!
箱根駅伝も終わった。今年は青山学院の圧勝で終わった。本当に強かった。彼らは、最後まで気を緩めることなく、区間賞、さらに大会新記録までだして優勝した。すばらしい。2位以下の出場校も全力を出し切って、本当に見応えのある大会だった。その中で予選会を勝ち上がり、初出場の大学がある。駿河台大学である。ゴール直後のアンカーの満足した表情が感動した。
論語の一説に、これを知る者は、これを好む者に如かず、これを好む者は、これを楽しむ者に如かずという一説がある。これは平たく言うと、楽しんでやっている人にはかなわないという意味だ。実に奥が深い言葉である。この一説には、結果については書かれていない。結果はついてくるものだからだ。ビジネスの世界では、経済活動をするがゆえ、そんな悠長な事はいっておれないと思うだろう。だからどうしても経済活動が優先される。組織を維持しなくてはいけないから。
信玄も言っている。実力の差は努力の差、実績の差は責任感の差、人格の差は苦労の差、判断力の差は情報力の差、とね。
また、真剣だと知恵が出る、中途半端だと愚痴が出る、いい加減だと言い訳ばかり
本気でするから、大抵の事は出来る。本気でするからなんでも面白い。本気でしてるから、誰かが助けてくれる。
なんでも知る事は、時間がかかり、勉強をして、練習して、実践をして、失敗して、また立ち上がって、そして人の力を借りてまた実践しての繰り返しだ。そうすることにより、人に感謝されたりすると、段々と好きになってくる。好きになって来れば、しめたもの。好きなんだから、先程の信玄公の言うパターンになってくる。楽しくなるのは時間の問題。
駅伝の皆も気の遠くなるような時間と労力を使い努力の積み重ねをしてる。駅伝を知って、大会に臨めるのは、ほんの一握り。
そこで結果が出れば、人生が変わるかもしれない。駿河台大も襷を繋いだ。大観衆?の前で仲間と共に走って目標を達成した。それがあの笑顔、これからが大変だよ。青山学院は楽しくて仕方ない。楽しいから全力、手に負えない。
後輩達は結果を出したね。よかったね。また出費が増えるね。笑笑
来年は、実際に見てみたいね、軍曹 違う空の下にいても、お互いがんばろうね。
天国の少し手前に、「虹の橋」と呼ばれている場所があります。
この世界で生前、誰かと寄り添い、暮らしていた動物たちは、
その命の灯が消えたとき、「虹の橋」のふもとへ行くのです。
そこには、草原や丘が広がっていて、
動物たちはそこで駆けまわり、
ともにじゃれあって、楽しく遊んでいます。
おなかいっぱいのごはんと、きれいなお水、
そして優しい太陽の日差しに溢れていて、
みんながそのあたたかな場所で、のんびりと暮らしています。
病気にかかっていた子も、年老いた子も、みんな元気を取り戻し、
傷の痛みに苦しんでいた子もすっかり健康なからだを取り戻し、
昔のように、そしてまるで夢のように、そこでは過ごしているのです。
動物たちは幸せに暮らしているのですが、
たったひとつだけ、心を満たしていないことがあります。
それは、かつて共に過ごし、愛し合い、寄り添っていた人が、
ここにいないことが、恋しくて、寂しいのです。
動物たちが一緒に遊んで、駆けまわっていたある日、
ある子がふっと立ち止まり、遠くを見つめていました。
その子の目は、次第にキラキラと輝きだし、よろこびで震えだします。
突然、その子は仲間から離れ、草原を飛ぶように走っていきます。
速く、速く、それはまるで風のようです。
その子の視線の先にいたのは、
共に過ごし、愛し合い、寄り添っていたあなたでした。
その子とあなたは、虹の橋のふもとで再び出会います。
あなたは、愛するわが子を抱きしめ、愛情いっぱいにふれあい、
二度と離れることはありません。
あなたは満面の笑みで幸せにあふれたキスを受け、
もう一度、愛するわが子を抱きしめるのです。
そして、わが子の顔をのぞきこみ、見つめあっては、語りかけます。
きみと別れてからの長い長い人生を、
私は一生懸命生きてきたよ。
その中で、きみを忘れたことは一度たりともなかったよ。
やっと会えたね。
そしてあなたたちは寄り添いあって、
共に天国へ続く虹の橋を渡っていくのです。
たとえ作り話でも、ただ単に詩でも、こころに染みます。わかる人には、わかるのです。飼い主の願いでもあり、貴重な時間を共有した、愛犬たちとの思い出としてね。生きた証としてね。
いよいよ、このコロナ禍の中東京オリンピックが開催した、最後まで、開催するしないで、世論が二分されたが、特別感や存在意義を鑑みて、開催を強行?した形である。これがどう出るかは、今後の歴史が判断するだろう。しかし、東京オリンピックは、前回と言い今回と言い問題山積の大会になった。
丁度、1940年の東京オリンピックは、戦争により政府が辞退した形となった。今回、コロナ禍で辞退するかと思われたが、官民一丸となって、開催にこぎつけた。あまり、オリンピックには、最初のころ興味はなかったが、アフリカに派遣されてから、愛国心に目覚めたのかもしれない。自分は日本人であることの誇りと自覚ができたように思う。異国で見る日の丸は、感慨深いものがある。
今回も、大空にブルーインパルスの五輪の輪が描かれることになっていた。すっかり忘れていて、同僚のLINEにより慌てて自宅に帰る羽目になった。自宅の2階から、東京方向を仰ぐと、雲行きが怪しい。何かわからないけど、飛行機の音が聞こえる。そうこうしているうちに、大粒の雨。さらに、同僚からテレビでやっていると、慌てて2階に行ってテレビを見るも、やはり雲が迫ってきている。最後にかすかに、スモークは見えたけれど、自宅周辺は、大雨でまったく音も聞こえず、残念な結果だった。でも、みんなと貴重な時間を共有できたと思って、嬉しい。SNS上では、たくさんの投稿写真、動画、下からのほうが見えたんだね。
ブルーインパルスの歴史は、戦前にまで遡る。当時は、もっぱら戦争のための国威発揚のために行われた。現在は、航空ショーや今回のような国家イベントには登場する。しかし、悲しい事故が起こったこともある。そのため、一部飛行は禁止されている技がある。それを乗り越えての飛行、感動せずにいられない。
昔、空を飛びたいと思って、高校の時に自衛隊連絡部に行ったことがある。でも、実現しなかった。その苦い思い出が、彼らを見ると羨ましくもあり、嬉しくもある。命を懸けて、長い間練習し、一瞬のためにすべてを出す、本当に素晴らしい。
真っ青な大空に、銀翼を振り、日の丸を付け、カラースモーク、次のオリンピックの開催の時は、空から眺めよう。いや、実際に操縦しよう。なんてね、軍曹。
このコロナ禍、サクラが満開になった。そして葉桜、早いものだ。自然の力は素晴らしい。古来、日本人はサクラが大好きだ。今海外で咲き誇っているサクラも、日本から寄贈されたものらしい。春と言えば、別れと出会いの季節でもある。1年の節目にあたる。卒業式、入学式と慌ただしい。世のお父さんお母さん方も、はち切れそうなスーツを着てご子息の晴れの舞台を思い出に、と必死である。確かに卒業式、入学式、あるいは入社式は、記憶のどこかに刻まれている。
美空ひばりの遺作?の歌にもあるように、人生は地図のない旅との歌詞がある。まったくその通りだ。振り返ってみると、遠くに故郷がみえると、実に素晴らしい。先のことは、誰も分からない。自分で切り開いていくしかない。本当に山あり谷あり。たくさんの人との出会い、別れ 穏やかに過ごしたいと思うのは、年をとったせいだろうか?
薬局も、対物から対人にと業務改革を迫られている。かかりつけ薬剤師というのは、昔からの薬局は、地域に溶け込んで、OTCを売ったりしていた。時間外でも、裏口から痛み止めを売ってくれたもんだ。本当の意味での24時間対応を昔からしていた。今のように、24時間対応と言っても、顔の見えない薬剤師が、机上の知識だけで対応しているのと、訳が違う。次の日に町の開業医に掛かり、痛み止めをもらって、また帰りに薬局によって、病気の話をして帰ったもんだ。気軽に相談出来て、心の静謐をえられれば、また次も来てくれる。それを無理に点数化して、差別化を図ろうとしているのが、ナンセンスである。でも、薬局は弱い商売、人参をぶら下げると、弱いんだよ。
元々、医薬分業のスタートは何だったか?それは、病院が薬を出せば出すほど儲かって、薬漬け医療と非難されたからではなかったか?病院から、薬を切り離す手段として、院外薬局のシステムにしたのではないか。今度は、株式会社である調剤薬局が、儲かってけしからんということで、複雑、難解な訳の分からない調剤報酬になってしまった。お役人は、頭がいい。データーをとり、じゃあ今度はこうしようと、現場が解釈に困ると、通達といって、とても読みこめない解釈をする。昔の薬局は、みんな、かかりつけだったよ。床屋さんと同じ。それを、今の薬局はノルマ化して、薬剤師が競争しているという、異常事態。マスコミ、世間が知ったらどう思うだろうか?医療という公共性の高い仕事でいかかがなものかと思う。一つ足がかりを作っておけば、あとは、あとは役人が、その足ががりを元にまた次の手を考える。病院時代、理事長が診療報酬を追っていくと、自滅すると言っていたよ。後発品を増やして、人参ぶら下げても、一向に医療費は圧縮されない。そればかりか、不祥事が続いている。
春になると、人々は桜が咲くのを心待ちにしている。今度は、桜が散るのが気になり、落ち着かない。人の心が穏やかでないのは、桜が咲くからだと、、表題の歌は、その桜の素晴らしさを歌った歌である。
桜は、一斉に咲き誇るから美しい。春の訪れである。一斉に散るのも桜、これが悲劇と結びついたのも、記憶に新しい。しかし散ったあとの葉桜にも、あたらしい命の息吹が満ちあふれている。
コロナの変異株が、猛威を振い始めている。一刻も国民の8割が接種出来るように、我々も協力していきたい。そうすれば、徐々に収束していくというデーターもあるらしい。イスラエルがあれだけ早くワクチン接種を勧めているのは、国の事情があるからだ。イスラエルは、四方を敵国に囲まれている。人口の減少が、国家の衰退に直結するからである。我が国も、平和ボケしているお国の事情を、皮肉にも反映していると感じるのは、私だけだろうか?どう、板さん
今日の朝、パセリと散歩していた。知人より、日本上空を通過するきぼうが見えるとの情報があり、一生懸命空を探していたが、みつからない。ふと見ると上空高く、光跡がみえた。朝焼けのなか、光り輝く、きぼうを見ていると、その名の通り、希望がわいてくる。
きぼうは、国際宇宙ステーションに付属する最大の実験棟である。地球上では実験できない無重力下での実験、薬品、将来人類が地球外に出て行く際に必要な実験を行う施設である。漆黒の宇宙に、日の丸が貼付されている実験棟を見ると、誇らしい気持ちになる。地上400KMの上空を、時速28000KM/Hという、考えられないスピードで周回している。ちなみに、光の速度は、10億KM/Hで進んでいる。地球から最も近い、地球に似た惑星は、プロキシマ ケンタウリと呼ばれる赤色矮星の近くにあるプロキシマBと呼ばれる惑星である。ここまで行くのは、11光年、光の速さで11年もかかるというから、現在の推進機能では人類が到達するのは、不可能である。現時点では、火星でも7年もかかるというから、宇宙旅行は生きている間は、無理だろう。
日本の宇宙技術は、実は世界一である。地味な存在だが、アメリカも一目置いている。それを小さな町工場が支えている。以外と知られていない。日本は、もう一つ小惑星探査機 はやぶさがある。生命の起源を探るために、はるか遠くの小惑星に着陸し、サンプルを持ってかえり分析するミッションである。はやぶさは、いままで初代、2代と続いてきた。初代はやぶさは、感動的だった。覚えている方も多いと思う。暗い宇宙を、満身創痍でさまよい、7年かけて、地球に帰還した。最後に地球の大気圏に突入する際に、カプセルを放出し、満月よりも明るく輝き消滅した。感動的なフィナーレである。これが、次のハヤブサ2に受け継がれている。
当薬局も今は、暗い宇宙をさまよっている。望みを捨てず、目的を忘れず、努力していきたい。そして、お別れする素晴らしい仲間たちと再会することを夢見ている。初心を忘れず、地道な努力を続け、初代 はやぶさのように、感動的なフィナーレを迎え、虹の橋を渡りたい。なあ、和彦。
本年は、誠にありがとうございました。徐々にですが、地域の皆様に認知されてきており、うれしい限りです。今年は、未曾有のコロナ禍が世界中の人々の生命を脅かし、世界中の経済を麻痺させております。様々な対策を行ってきましたが、一向に感染は止まりません。コロナウイルスは、変異します。インフルもそうですが、非常にやっかいなウイルスです。太古の昔から、人類は感染症と戦ってきました。多大な犠牲を払いながら、人類は繁栄してきました。地球温暖化により、永久凍土の融解、南極大陸の縮小、森林伐採などの地球環境の変化が、太古の昔のウイルスを氷の中からよみがえっているという説があります。あながち嘘ではないような気がします。映画でみたような、気がしますが、それが現代によみがえっているとなれば、まさに正夢?悪いことは、言った方が良いのか?かの有名な、ホーキング博士は、生前言っていた。AIは、人間の味方になるけれど、AIが完全なものになり、自我に目覚めると、人類は滅びると、、恐ろしい。また、宇宙人にも言及している。地球外生命体は、人類よりはるかに知能が進んでいると思われる。もし、下手にコンタクトすれば、それこそターミネーターの世界になるだろう。またもや人類滅亡である。暗い話題ばかりであるが、令和3年はどんな時代になるであろうか?東京オリンピックはあるだろうか?コロナは収束しただろうか?未来のことはわからないけど、明るいものにしたい。それには、健康一番、なにものにも代えがたいものである。
年始は、1月4日からです。時短営業を致します。10時~15時まで、通常営業は、1月5日からとなります。なお、LINE、メール、電話の対応は、いたしますのでよろしくお願いします。では、1月の4日にお会いしましょう。
先日、全日本大学駅伝が終わった。今年はコロナ禍で、学生の三大駅伝と呼ばれる、出雲駅伝が中止となった。全日本大学駅伝が開催されたことは、関係者、ボランティア、参加者の努力があったからだろう。駅伝ファンとしては、喜ばしい事である。残るは、箱根駅伝である。無事に開催されることを願っている。箱根駅伝は、伝統と格式のある大会である。
病院に勤めていたとき、医事課に偶然、箱根駅伝の常連校の陸上部の職員がいた。その職員と酒を飲むことがあり、箱根駅伝に懸ける陸上部員の並々ならぬ熱意を聞いて、大変驚いて、感動した。彼らは四年間、厳しい練習に耐え、ひたすら箱根の覇者になるべく、日々努力している。彼は、たとえ足が折れても、意識がなくなっても、走ると、、ただただ仲間のため、母校のため、先輩たちのため、自分のため、応援してくれるすべての人のために、、それを聞いて号泣した。そんなにまでして、なぜ走るのか、彼は、襷の重さですと、、納得したよ。
箱根駅伝は、金栗 四三氏が開催したと言われる伝統ある大会である。彼は、悲運のオリンピックマラソンランナーである。当時、世界最速マラソンランナーといわれ、金メダル間違えなしといわれていた彼だが、初めてのマラソンで、熱中症にやられて、途中棄権、失意のまま帰国する。そんな彼を励ましたのが、かの有名な嘉納治五郎である。彼は、金栗にこう言った、「人生は、結果ではない、目的を持つことが素晴らしいと」これが、私の座右の銘になっている。その後、金栗は、さらなる悲運にさらされ、とうとうメダルは、取れなかった。似たような話が、前回の東京オリンピックでもあったが、ここでは、割愛する。その後、金栗は、後輩育成に力を注ぎ、それが箱根駅伝につながっていく。
月日が流れ、金栗のもとに、一通の知らせが届く。なんと、初回参加の、オリンピック委員からであった。驚いたことに、金栗は、公式にはゴールしていないことになっていた。粋なオリンピック委員会である。金栗に、ゴールするように記念式典を設けてくれた。金栗は、両手を挙げて喜んで、ゴールした。記録は、タイム54年と8か月6日5時間32分20秒3、これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します、とアナウンスされた。これは、ギネス記録にもなっている。穏やかな時代だね。
今、知人の薬局は、襷を掛けた第2走者である。ちょうど、カーブを曲がっている頃であろうか。向こうに第3走者が見えてきた。繰り上げスタートはない。第3走者は、いま力を蓄えて準備している。逞しく大きくなって、第2走者を待っている。はるか遠くにまだ見えない第4走者がいる。それは、知人の薬局で、実習をやった実習生かもしれない。社会に出たら、実習で身につけた、心構えを忘れずに、目的を持って、走り抜けて欲しい。素敵な音色を響かせながらね。
愛する人を突然失った、筆舌に尽くしがたいほどの喪失感、絶望感だろう。最も大きい悲しみである。人間いつかは死が訪れる。いつお迎えが来るかは、本人にはわからない。神様だけが知っている。
自分も死を覚悟したときがある。マラリアに初めて感染して、42度も熱が出て、まだ任地に赴任したばかりで、友人もいなく、本当に心細い思いをした。食事もとれず、体中も痛く、貧血にも襲われ、意識がもうろうとしたなかで、このまま死んだら、身元不明の白骨死体と処理され、遠い異国の地で人知れず死ぬのかと思い、悲しくないのに、涙が止めどなく流れたのを覚えてる。だから、日の丸を体にまとい横になっていた。死期が迫ると、よく母親が枕元にあわられると言われるが、私はそうでなかった。故郷の風景、大学時代の友人、それと三途の川?だった。
旅をするのが好きだ。気ままな一人旅もいいが、やはり仲間でワイワイするのがいい。長いようで短い人生、たくさんの仲間に囲まれながら、ワイワイやるのがいい。家族であり、職場の仲間たちである。社会人になると、家族以上に職場の人たちのつながりが時間的に多くなってくる。それだけ人生の中で大きな割合を占めてくる。戦友と呼べるだろう。家族もそうだが、職場の人たちとは、社会の中で戦っている。たくさんの思い出を共有しながらね。時には、いざこざもあるだろう、時にはともに悲しいこともあるだろう。時には楽しいこともあるだろう。すべて、感動と苦難を共有している。それが思い出となる。
あなたの仕事ぶりは、周りの人が良く見ている、とても楽しい愉快な人だということ、明るく天真爛漫な人だということ、頼りがいのある人であると言うことは、皆知っている。この悲しみを乗り越えてほしい。そして帰ってきてほしい。みなで次の困難を共に乗り越えよう。ね、板さん また歌を歌おうよ。
私の恩師の一人に、大学病院の薬剤部長まで上りつめ、定年された方がいる。T先生とお呼びしよう。問題児だった私に、ある時言われたことがある。君は、この先きっと病院で偉くなるだろう。その時に、いろんな人が、頭を下げてやってくるだろう。でも、勘違いしてはいけない、君に頭を下げているのではなく、君の役職に頭を下げているだけだ。勘違いするなと言われた。この間も少し書いたが、病院機能評価の際に、ある有名な製薬会社の元統括本部長と一緒に仕事をさせていただいたとき、T先生のことを話した。T先生のことは知っており、お話したこともあると、お互い驚いたものだ。世間は狭い。その際にも、確かに同じことを言われた。人間は、肩書で決まるものではない。その人の人柄で決まるものだと。またその方は、こうも言っておられた。面白いもので、葬式があったとき、その人の生前の人柄もわかるんだよと、なるほどと感心した。
確かに、会社が大きくなれば、問題が多くなってくる。経営者とは、孤独なものだ。すべて自分で判断しなくてはいけない。そして、すべて自分の責任である。部下には何の経営責任もない。
前にも、書いたが信玄公は、人を大切に扱うことによって、組織を活性化させた。人の信頼を失うと、一気に崩壊する。部下から信頼されると、それは強固な組織なる。昔、関ヶ原の戦いの時の、九州の武将 島津義弘公のことを少し書こう。
島津公は、関ヶ原の敗戦が濃厚になり、家康の敵陣に取り残された、すでにこれまでと思い、切腹を決意するが、部下から、薩摩に残された領民、家族のことを言われ、部下たちが、捨て奸と呼ばれる壮絶な戦法を用いて、義弘公を守った。有名な敵陣突破である。これほど、義弘公の人柄を表したものはないだろう。彼は、薩摩に帰ると、仏門にはいり、自分のために、命を捧げた部下たちの供養とともに、徳川に対する仇討ちを誓う、それが明治維新である。人の恨みは、300年近く消えないのだ。
一度、自分を組織の中の物差しではなく、社会の物差しで測ってみるといい。いかに自分がちっぽけな人間か、信用がどれだけ大切かわかるだろう。ファファファアア !